小説を買ったら200ページも空中浮遊する方法が?世界的作家ポール・オスターの不思議な逸話

Buzzちゃんの見どころ

2024年4月に逝去した米文学の巨匠ポール・オスターが、なぜ鉛筆を持ち歩き作家を志したのか。野球殿堂入り選手ウィ리・メイスとの心温まる、そして少し切ないエピソードが韓国のラジオ番組で紹介されました。

■ 現代文学の巨匠ポール・オスターが残した軌跡

2024年4月30日、ニューヨーク・ブルックリンの自宅で肺がんの合併症により77歳でこの世を去ったポール・オスター(Paul Auster)。彼は現代アメリカを代表する小説家であり、その作品は世界40カ国語以上に翻訳され、韓国でも非常に高い人気を誇っています。

1982年に家族の記録を綴った散文集『孤独の発明』で本格的な活動を始めた彼は、1985年の『ガラスの街』に始まる「ニューヨーク3部作」で世界的な名声を確立しました。彼のスタイルは、都会的な感性と奇抜なアイデア、そして「偶然の美学」を融合させた独創的な世界観が特徴です。小説以外にも、詩人、エッセイスト、映画の脚本家や監督としても活躍し、映画『スモーク』の脚本ではベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞するなど、マルチな才能を発揮しました。

■ 鉛筆がなかったから作家になった?運命を変えたサイン会

韓国のラジオ番組「YTNオンエアー」に出演した作家のチェ・ミン석(최민석)は、ポール・オスターが作家を目指すことになった有名なエピソードを紹介しました。

1955年、当時8歳だった彼は、熱狂的な野球ファンだった家族と共にニューヨーク・ジャイアンツ(現在のサンフランシスコ・ジャイアンツ)の試合を観戦に行きました。そこで憧れのスター選手、ウィリー・メイスに出会い、勇気を出してサインを求めます。メイス選手は快諾し「坊や、鉛筆を持っているかい?」と尋ねました。しかし、彼も、彼の父親も、親戚の誰も鉛筆を持っていませんでした。メイス選手は少し待ってくれたものの、結局サインをせずに去ってしまったのです。

この出来事に大泣きした彼は、その日以来、常にポケットに鉛筆を入れて歩く習慣がついたといいます。「鉛筆を持っていれば、いつかそれを使いたいという誘惑に駆られる。私はそうして作家になった」と後に語っています。

■ 奇想天外な設定をリアルに描く傑作『空中曲芸師』

番組で紹介された彼の代表作の一つ『空中曲芸師』は、文字通り「空中浮遊」に挑む少年の物語です。一見するとファンタジーのような設定ですが、ポール・オスターは持ち前の描写力で、不可能なことを可能にする過程を現実味たっぷりに描き出しています。

自伝的なエッセイ『鍵のかかった部屋』の中で、彼は「作家になることは選択するものではなく、選択されるものだ。書くこと以外に自分に合う仕事がないと受け入れたなら、険しい道を歩む覚悟をしなければならない」という言葉を残しています。彼の作品が今もなお多くの読者を惹きつけるのは、こうした書くことへの真摯な姿勢と、日常に潜む神秘を捉える確かな目があったからこそと言えるでしょう。

出典:https://www.ytn.co.kr/_ln/0106_202605221330235735

Buzzちゃんの感想

私は『財閥家の末息子』のような、緻密な構成や運命が絡み合うミステリー要素があるお話が大好きなんですが、ポール・オスターの「偶然の美学」もそれに通じる面白さがあると思うんです。たった一本の鉛筆がなかったことで一人の天才作家が誕生したなんて、まるでドラマのような展開ですよね!皆さんは、自分の人生を大きく変えた「忘れられない忘れ物」や、偶然の出来事ってありますか?

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