皆さん、聞いてください!まるでドラマ「財閥家の末息子」や「応答せよ1988」を地で行くような、ものすごくドラマチックな人生を歩まれている女性がいらっしゃるんです!一人の女性が信念を貫き、時代を切り拓いていく姿に、私、記事を読みながら鳥肌が止まりませんでした…!
■ 1980年代の激動を生き抜いた「学生運動家」というルーツ
韓国の法曹界で今、大きな注目を集めている女性がいます。中堅ローファーム「法務法人ウォン」の業務執行代表弁護士(マネージングパートナー)を務める、イ・ユジョン(이유정)氏です。彼女の人生は、まさに韓国現代史の激動とともにありました。
物語の始まりは、今から約40年前の1986年に遡ります。梨花(イファ)女子大学の法学科に入学したばかりのイ・ユジョン氏は、未来の法曹人を目指す普通の学生でした。しかし、当時の韓国は民主化運動の真っ只中。彼女は大学1年生の時に「建国大学事件(学生たちが民主化を求めて大学に立てこもり、警察が強制鎮圧した事件)」に巻き込まれ、1ヶ月間、京畿道にある議政府(ウィジョンブ)刑務所に収容されてしまいます。
この経験が、彼女に「運動家出身」という肩書きを与えることになりました。しかし、彼女はそこで挫折することなく、むしろ法学の面白さに目覚めます。父親の反対を押し切って休学し、猛勉強の末、大学卒業の年である1991年に司法試験に合格しました。
■ 「応答せよ1988」のボラそのもの?韓国9番目の女性検事へ
司法修習を終えた彼女が選んだ道は、検事でした。1994年、ソウル地方検察庁北部分庁に配属された彼女は、韓国史上「9番目の女性検事」という輝かしいキャリアをスタートさせます。
実は彼女、大ヒットドラマ「応答せよ1988(1988年のソウルを舞台に、近隣住民の交流を描いた懐かしのヒューマンドラ)」に登場する、学生運動に身を投じながらも検事を目指すキャラクター「ボラ」のモデルではないかと言われるほど、境遇が似ているのです。彼女自身も、「友人たちから『ボラはあんたそのものだね』と言われた」と笑顔で語っています。さらに驚くことに、ドラマの舞台となった双門(サンムン)女子高のモデルは、彼女が実際に通っていた正義(チョンウィ)女子高なのだそうです。
しかし、検事としての生活は長くは続きませんでした。当時の検察が、軍事クーデターを起こした全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領らに対して「成功したクーデターは処罰できない」という論理で不起訴処分としたことに憤りを感じ、「ここには長く居られない」と、わずか2年で辞職。その後、人権派弁護士たちが集まる小さな事務所で、第2の人生を歩み始めました。
■ 財閥の相続からジェンダー法まで、社会を変える弁護士の姿
彼女が所属する「法務法人ウォン」は、企業法務と人権・公益活動の両立を目指すユニークなローファームです。イ・ユジョン氏は、ここで多くの歴史的な事件に関わってきました。
代表的なのが、ロッテグループの創業者であるシン・ギョクホ(신격호)氏の後見人事件です。韓国屈指の財閥であるロッテの総括会長に対し、財閥会長としては初めてとなる後見業務をセットアップしました。これは、家族・相続法分野において彼女たちの名声を不動のものにする大きな出来事でした。
また、現在も世間を騒がせているSKグループのチェ・テウォン(최태원)会長とノ・ソヨン(노소영)氏の離婚・財産分立訴訟でも、第1審でチェ会長側の代理人を務めています。ジェンダー法の専門家(法学博士)でもある彼女は、この事件を単なる離婚問題ではなく、「企業の成長において配偶者の寄与をどう評価するか」「不当に形成された財産をどう扱うか」という、現代的な論点が凝縮された事件として捉えています。
韓国では「儒教的価値観(目上の人を敬い、家族の秩序を重んじる古い価値観)」が今も根強く残っていますが、彼女は「戸主制(一家の主を男性に限定する古い制度)」の廃止運動などにも尽力し、女性の権利向上に人生を捧げてきました。現在は3万8,000人を超える韓国の弁護士のうち、約3分の1を女性が占めるまでになりましたが、その道を切り拓いた先駆者こそが、このイ・ユジョン氏なのです。
運動家、検事、教授、そしてローファームの代表。彼女の歩みは、韓国社会がより公正で多様なものへと変化していく過程そのものであると言えるでしょう。
出典:http://www.legaltimes.co.kr/news/articleView.html?idxno=93010
信念を持って激動の時代を突き進んだイ・ユジョン弁護士の姿、本当にかっこいいですよね!ドラマ「応答せよ1988」のボラにそっくりというエピソードには、私も思わずテンションが上がってしまいました。もし彼女の人生が映画化されるとしたら、皆さんはどの女優さんに主演を演じてほしいですか?
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