90年代K-POPの黄金期を築いた天才イ・サンミンの功罪:精算疑惑の真相とプロデューサーとしての真価

日本の韓流ファンの皆さんの中には、人気バラエティ番組『知ってるお兄さん(JTBCの長寿バラエティ番組)』などで見かける、少し自虐的で借金ネタを披露するイ・サンミン(이상민)の姿に馴染みがある方も多いのではないでしょうか。しかし、彼がかつてK-POP界を揺るがした伝説の音楽プロデューサーであったことは、今の若いファンにはあまり知られていないかもしれません。

最近、韓国のネット上では「もしイ・サンミンが事業に失敗していなかったら、今ごろSMやJYP、HYBEに並ぶ大手事務所のトップになっていたはずだ」という、いわゆる「K-POP根源論」が再び注目を集めています。きっかけは、かつて彼がプロデュースしたコンチュリーコッコ(컨츄리꼬꼬、90年代後半に活躍した男性デュオ)のメンバー、シン・ジョンファン(신정환)がYouTubeで放った「5年間、一度も正しく精算(利益配分)を受けられなかった」という衝撃的な発言でした。

今回は、この「精算疑惑」の裏側にある事実と、イ・サンミンという人物がK-POPの歴史に刻んだ足跡を、当時の韓国音楽シーンの背景と共にご紹介します。

■ 精算トラブルの真相と、90年代特有の「制作システム」

シン・ジョンファンの発言に対し、イ・サンミンはSNSですぐさま反論。事態は泥沼化するかと思われましたが、詳しく紐解いてみると、そこには当時の韓国芸能界特有の構造による「記憶のズレ」がありました。

シン・ジョンファンが主張した「デビュー後の5年間、会社を勝手に売却された」という時期、イ・サンミンは確かにプロデューサーとして深く関わっていましたが、実は会社の「経営権」を持つ代表ではありませんでした。当時、彼らが所属していたのは「ワールドミュージック」という会社で、イ・サンミンはあくまで専属プロデューサーという立場。つまり、お金の流れを管理していたのは別の上層部であり、イ・サンミンもまた、ある意味では制作の歯車の一つだったのです。

ここで少し補足すると、当時の韓国では「精算(チョンサン)」という仕組みが現在よりもずっと不透明でした。現在のK-POP業界では、練習生時代の育成費用をデビュー後の収益から差し引くスタイルが一般的ですが、当時はどんぶり勘定も多く、ヒットしても歌手の手元に一銭も入らないというトラブルが頻発していました。イ・サンミンの「悪徳プロデューサー」のようなイメージは、こうした業界全体の歪みと、彼の後の事業失敗による負債の印象が混ざり合って作られた、悲劇的な誤解とも言えるのです。

■ 「K-POPの先駆者」としてのイ・サンミン:彼が生み出した伝説の数々

たとえ経営面での評価が分かれたとしても、プロデューサーとしてのイ・サンミンの先見の明は、誰もが認めるところです。彼は1994年に男女混成グループのルーラ(룰라)のメンバーとしてデビューし、空前の大ヒットを記録。その後、制作側に回ると、次々と革新的なグループを世に送り出しました。

まず、1997年にデビューしたディーバ(디바)。彼女たちは「韓国版TLC(アメリカの伝説的ガールズグループ)」を目指したガールズヒップホップの先駆けでした。メンバーのチェ・リナ(채리나)は、当時人気絶頂だったルーラを離れての独立でしたが、イ・サンミンのプロデュースにより、自立した女性の強さを象徴するグループとして成功を収めました。

また、先ほど名前が出たコンチュリーコッコも彼の作品です。当時はH.O.T.(エイチオーティー、K-POPアイドルの祖とされるグループ)などの第1世代アイドルがシーンを席巻していましたが、イ・サンミンはあえて「歌える芸人」のようなコミカルなコンセプトを提示。音楽番組だけでなく、バラエティ番組を通じて親しみやすさをアピールする「バラエティ系歌手」の戦略を確立しました。これは今のK-POPアイドルがバラエティで体を張る文化の、一つのルーツとも言えるでしょう。

さらに、韓国ヒップホップ界のレジェンド、ユン・ミレ(윤미래)を擁したアップタウン(업타운)や、本格派混成グループのシャープ(샵)など、彼が手がけたアーティストたちは、今のK-POPに通じる「コンセプトの多様性」を切り拓いた存在でした。

■ 「もしも」の歴史と、今なお愛される理由

1999年、彼は自身の事務所「A&Bエンターテインメント」を設立。さらに、所属アーティスト全員が集結したプロジェクトグループ、ブロス(브로스)を結成し、大人数での圧巻のパフォーマンスを披露しました。これは現在の大手事務所が手がける「SMTOWN」や「HYBE INSIGHT」のような、レーベル全体でのブランディングの先駆けでもありました。

もし、彼がその後の無理な事業拡大(格闘技系レストラン経営など)で数億円単位の負債を抱えなければ、今ごろはJ.Y. Park(パク・ジニョン)やパン・シヒョクのように、業界の頂点に君臨していたかもしれません。

しかし、巨額の借金を抱えながらも逃げ出さず、十数年かけて完済し、現在はバラエティの第一線で活躍する彼の姿は、韓国国民にとって「どこか憎めない、人間味あふれる天才」として映っています。

かつての精算トラブルを巡る騒動も、裏を返せばそれだけ当時の彼らが熱狂の中心にいた証拠。K-POPが世界を席巻する今だからこそ、その礎を築いた一人のアイロニカルな天才、イ・サンミンの功績を振り返ってみるのも面白いのではないでしょうか。

最近、イ・サンミンさんをバラエティでよく見るという方も多いと思いますが、彼が手がけた90年代の名曲たちを聴くと、その音楽的センスに驚かされるはずです。皆さんが思う「イ・サンミンの最高傑作」は何ですか?ぜひコメントで教えてくださいね!

出典:http://www.ddanzi.com/873897082

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