90年代を駆け抜けた青春スター、イ・ジウンさん急逝から5年。ドラマ若者のひなたで見せた伝説の輝きを振り返る

韓国エンタメ界において、1990年代は「青春スター」という言葉が最も輝いていた時代でした。その中心にいた一人の女優、イ・ジウン(이지은)さんがこの世を去ってから、早いもので5年の月日が流れました。

2021年3月8日、ソウル市中区の自宅で息を引き取っているのが発見されたイ・ジウンさん。当時51歳という若さでの突然の訃報は、彼女の全盛期を知るファンのみならず、韓国社会に大きな衝撃を与えました。今回は、彼女が歩んだ華やかな足跡と、今なお多くの人の記憶に残る理由を紐解いてみましょう。

■ 孤高の最期と、韓国社会が直面した「寂しさ」

事件当時、警察が自宅に駆けつけたのは、知人からの「連絡が取れない」という通報がきっかけでした。現場には外部からの侵入形跡や外傷はなく、遺書も見つかりませんでした。後に明かされた死因は「心筋梗塞」でしたが、それ以上に世間の人々の胸を締め付けたのは、彼女の生活環境でした。

当時、イ・ジウンさんは息子が兵役(韓国の成人男性に課せられる約1年半から2年の義務兵役)に就いた後、一人暮らしをしていたといいます。韓国では兵役への入隊は、家族にとって「誇り」であると同時に、親にとっては子供が家を離れる大きな節目となります。特に一人息子を送り出した後の寂しさは、日本の「空の巣症候群」以上に強く感じられる社会的背景があります。そんな中で起きた悲劇に、多くの人々がやりきれない思いを抱きました。

■ 90年代のアイコン。ボーイッシュな魅力は「ガールクラッシュ」の先駆け

イ・ジウンさんがデビューしたのは1994年。モデルとして活動を始めた後、同年のKBS2ドラマ『フィーリング(느낌)』(チャン・ドンゴンなどが出演した伝説的なトレンディドラマ)で、俳優キム・ミンジョン(김민종)の相手役を演じ、一躍注目を浴びました。

彼女の最大の魅力は、当時としては珍しかった「ボーイッシュで自立した女性像」にありました。その個性が爆発したのが、1995年の大ヒットドラマ『若者のひなた(젊은이의 양지)』です。

この作品で彼女が演じたのは、なんとスリの少年を装った「男装の麗人」のようなキャラクターでした。今でこそ『コーヒープリンス1号店』のように女性がボーイッシュな役を演じることは珍しくありませんが、当時は非常にセンセーショナルでした。彼女のショートカットと中性的な佇まいは、現在のK-POP界でもトレンドとなっている「ガールクラッシュ(同性が憧れるかっこいい女性)」の原点とも言える存在だったのです。

その後も、彼女の演技力は高く評価され続けました。映画『錦紅(クムホン)よ、錦紅よ(금홍아 금홍아)』では、韓国の権威ある映画賞である「青龍映画賞」や「大鐘賞」の新人女優賞を総なめにし、名実ともにトップスターの座に登り詰めました。

■ 突然の引退と、今も語り継がれる理由

絶頂期を過ごした彼女ですが、2000年にベンチャー実業家と結婚した後は、徐々に表舞台から遠ざかっていきました。2004年の歴史ドラマ『海神(해신)』(9世紀の海上交易を描いた超大作)への出演を最後に、彼女は芸能界を事実上引退。その後、2015年に離婚していた事実が後から判明するなど、プライベートでも波乱万丈な時期を過ごしていたようです。

長く近況が伝わっていなかった中での悲報だっただけに、当時のファンたちの悲しみは計り知れませんでした。しかし、SNSやファンカフェ(韓国特有のオンラインファンコミュニティ)では、「私たちの青春には、いつも彼女がいた」「あの時のショートカットは一生の憧れだった」といった追悼の声が絶えませんでした。

韓国では今、90年代のレトロ文化(「ニュートロ」と呼ばれます)が再注目されています。その時代の象徴であったイ・ジウンさんの姿は、ドラマの再放送や動画配信サービスを通じて、彼女を知らない若い世代にも「かっこいい女優」として再発見され続けています。

51歳という早すぎる別れではありましたが、彼女が残した作品と、時代を先取りした「自立した女性像」は、これからも韓国エンタメの歴史の中で輝き続けることでしょう。

皆さんは、90年代の韓国ドラマや、当時のスターたちにどんな思い出がありますか? もしイ・ジウンさんの作品を観たことがある方がいれば、ぜひ当時の熱狂や、彼女の演技の感想をコメントで教えてくださいね。

出典:https://www.mhnse.com/news/articleView.html?idxno=514447

  • X

コメント

PAGE TOP