華やかなスポットライトが当たり、煌びやかな世界として映る韓国芸能界。しかし、その輝きの裏側には、人知れず苦悩を抱える表現者たちの姿があります。本日3月9日は、一人の俳優が静かにこの世を去ってから、ちょうど12年目を迎える日です。
俳優、ウ・ボンシク(우봉식)。大ヒット時代劇「大祚榮(テジョヨン / 7世紀末に渤海を建国した大祚栄の生涯を描いたKBSの長編時代劇)」で、主人公の傍らで活躍した「パルボ」役を演じた彼を覚えているファンも多いのではないでしょうか。実力派の脇役として親しまれた彼が、なぜ43歳という若さで自ら人生の幕を閉じることになったのか。彼の命日に、韓国芸能界が抱える「光と影」について改めて振り返ります。
■ 華やかなキャリアの裏にあった「生活苦」という現実
2014年3月9日、ウ・ボンシクさんはソウル市江南区にある自宅(月貸しのワンルーム)で亡くなっているのが発見されました。当時の警察発表によると、死因は自殺。現場には生活の困窮をうかがわせる状況があり、彼は長らくうつ病を患い、精神科での治療を受けていたといいます。
驚くべきは、彼が「全くの無名俳優ではなかった」という点です。ウ・ボンシクさんは1983年、わずか13歳の時にMBCドラマ「3840遊撃代(朝鮮戦争当時の遊撃隊の活躍を描いたドラマ)」で子役としてデビューしました。その後、安養(アニャン)芸術高校を卒業し、映画「6月の手紙」や「サイレン」など、着実にキャリアを積んできた「ベテラン」の一人でした。
特に2007年のドラマ「大祚榮」でのパルボ役は、彼にとって大きな転機となるはずでした。しかし、この作品以降、彼のもとに届く出演依頼は激減してしまいます。俳優としての仕事が途絶えた彼は、生活のためにインテリアの現場で日雇い労働者として働きながら生計を立てていました。かつてテレビ画面で輝いていた俳優が、日々の食事にも事欠くほどの困窮に陥っていた事実は、当時の韓国社会に大きな衝撃を与えました。
■ 韓国芸能界特有の「出演料等級制度」が壁に
なぜ、キャリアのある俳優がこれほどまでに追い詰められてしまったのでしょうか。その背景には、韓国特有の「芸能人のランク付け制度」があると言われています。
韓国の主要放送局には「放送出演料等級」という制度が存在します。これは俳優の経歴や人気、貢献度に応じて、出演料を「6等級から18等級」までのランクに分ける仕組みです。通常、成人のプロ俳優は一番下の「6等級」からスタートし、経験を積むごとにランクが上がっていきます。
しかし、ウ・ボンシクさんの場合、あまりにも長い間作品に恵まれなかったため、韓国放送演技者労働組合の関係者は当時、「彼は最低ランクである6等級にも入ることができず、組合の支援を受ける条件すら満たせていなかった」と語っていました。
韓国では「儒教的価値観」の影響もあり、かつては「芸能人は特別な職業(クァンデ=広大)」という認識が強く、一方で成功しなければ社会的地位が不安定になりやすい側面がありました。日本でもフリーランスの俳優が抱える不安はありますが、韓国のこの「等級制度」は、一度レールから外れてしまうと復帰が非常に困難であるという、厳しい格差社会の縮図でもあったのです。
■ 脇役たちが支える「韓流ドラマ」のクオリティ
私たちが大好きな韓国ドラマのクオリティを支えているのは、主役のスターだけではありません。ウ・ボンシクさんのような、確かな演技力を持つ脇役(助演俳優)たちが物語に深みを与え、リアリティを生み出しています。
「大祚榮」で見せた彼の熱演は、今もVOD(ビデオ・オン・デマンド)サービスや再放送を通じて多くの視聴者の目に触れています。彼が命を吹き込んだキャラクターは、作品の中で生き続けているのです。しかし、現実の彼は孤独の中で、俳優としてのプライドと生活の困窮という板挟みに苦しんでいました。
12年という月日が流れ、現在の韓国芸能界では、俳優のメンタルヘルスケアや、格差解消に向けた議論が少しずつ進んでいます。それでもなお、華やかなニュースの陰で、人知れず苦しむ俳優たちがいることを私たちは忘れてはなりません。
3月9日。冷たい風が止み、春の気配が近づくこの季節に、かつて懸命にカメラの前で生きた一人の俳優がいたこと。そして、彼のようなバイプレーヤーたちの献身があってこそ、今の「韓流ブーム」があるということを、今一度噛みしめたいと思います。
皆さんは、ドラマの中で主役以上に「この人の演技が好きだったな」と心に残っている俳優さんはいますか?名もなき名優たちへの想いを、ぜひコメントで聞かせてください。
出典:https://isplus.com/article/view/isp202603090019
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